たまには愛を考えたい-「おおきな木」

On 2005年9月22日 by admin

原書は1964年に、日本語版は1974年に初版が出されています。

アメリカはもとよりフランスなど世界中でロングセラーを続けています。これは絵本です。

しかし、こうした絵本の中には大人が読んでも十分に味わい深い感情を持って、自分の人生を振り返えらせてくれる物があります。

人は木に対して、ある種の母性愛を感じるところがあるように思います。

不思議なものです。この本の事は知らずに大学3年生の頃、おおきな木をモチーフにした小説(といっても人様にお見せできるようなシロモノではありませんが…しかも未完成)を書いた事があります。人は木に対して、ある種の母性愛を感じるところがあるように思います。

私が小学生くらいの頃はまだまだ身近にたくさんの森や川などがありました。毎日駆け回っていた思い出があります。今でもたまに緑地公園などに行くと、鮮明にあの頃がよみがえってきます。最近は特に木の温もりを感じられる無垢材を使ったリフォームが好まれる風潮があるのも、木にはどこかそんな人の心に通じる何かがあるように思います。

いつまでもおさなごを見守る『おおきな木』のように。

『子供は親の映し鏡』

だと思います。子供は純真無垢で産まれてきます。だから親はしつけをします。昨今、しつけは体罰と曲解され、虐待とさえ誤解されかねない風潮があり、若い親達は混乱しています。そこに褒めて伸ばすというひとつの教育方針が入ってきます。すると何でも物分かりの良い親となる土壌が出来上がります。気が付けば、親子断絶、あるいは友達の様な親子関係となっていきます。

親子はどこまでいっても親子であって、友達ではありません。風通しの良い関係と対等の立場は意味が違います。こうした事ができていない関係とは、まさに親がそうなるべくして作ってきたという事です。持っていえば、今の自分がそういう関係の中で生きているから、それ以外の事を教える事ができないと言えます。

できた親というものは見守る安心感を与えられる事ではないかと思います。

自分で考えて自分で行動できる。その責任は自分である。言われるまでもなくすべき事を理解して、どんどん突き進んでいける。そんな子供を後ろから見ている。親としてはそうできたらそれで十分だと思います。

 

「やさしさ」「思いやり」をどんな風に考えますか?

ところが、残念な事にこの世はたくさんの立場と関係が存在しています。それぞれに感情と利害が存在しています。全ての希望をかなえる努力はすべきだと思います。しかし、それでもなお現実には程度の差こそあれ、誰もが何かをするために何かを犠牲にしています。ときにそれは誰かの気持ちに反する選択になるかもしれません。やさしさやおもいやりとは何か?そんな事をたまには考えてみるのも良いかもしれません。それが子供の事や仕事の事、人生の事。色々なところで自分を助けてくれるきっかけをあたえてくれるかもしれませんね。

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