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2005年09月27日

それぞれの想い-「俺はかあちゃんを殺した」

今日は絵本でも本でも無く、ドキュメンタリー番組を題材にしてみました。先日「おおきな木」をアップしたところでもありましたのでとても考えさせられました。

NNNドキュメントhttp://www.ntv.co.jp/document/

平成17年9月25日放送「俺はかあちゃんを殺した」

60年前太平洋の小さな島テニアン島で当時17歳の少年が経験した地獄と今日に至るまでの葛藤を紹介しています。

テニアン島は戦前日本がドイツから領土を譲り受け、日本領として統治しました。この時代には南洋興発会社というサトウキビを利用した製糖工場があり、その従業員や軍関係者など1万人以上が居住していました。戦争が始まると島は軍が支配しましたが、本当の支配者は空と海から砲弾とともにやって来ます。この少年には両親と妹2人の家族があります。一家そろって他の家族などとも一緒に島の北方へと逃げて行きます。

遠くから聞こてくる飛行機の音に日本軍の救援と勘違いした妹の一人が喜んで洞窟を飛び出します。次の瞬間、アメリカ軍の飛行機の砲弾の破片が彼女の耳へ食い込みます。服が血で真っ赤に染まります。まともな医薬品も食べ物もありません。体力は衰え高温多湿の洞窟ではすぐにウジが湧きます。ウジが食い込むのか、痛がるので包帯を取ってひとつづつとってやります。

タンカに載せられぐったりとした意識の中で彼女はポツリと言います。

「このままでは足手まといになります。殺してください。」

母は何度も父にすがるように懇願します。それでも父は。

「しかたない…。ゆるしてくれよ。」

腰のベルトを外してサトウキビ畑の中で彼女の首を締めます。

いよいよ戦火は激しくアメリカ軍の最後の通告がなされます。

「明日の10時までに投降せよ。」

当時の日本の教育では敵の捕虜となる事はこの上ない恥として徹底的に教育されています。誰一人として岸壁の洞窟から出るものはありませんでした。翌朝はまさに地獄絵図でした。一斉砲撃の中、隣の家族の父親が毛布を妻と子に被せてその上に覆いかぶさるようにして必死に守ります。しかし、家族を守るその父親の腕は黄赤褐色に染まります。妻と子の頭がありません。

母は17歳の少年に言います。

「生きているとこんな地獄をずっとみなければいけない。もうたえられません。いっその事殺して欲しい。」

「どこの誰とも知れないアメリカ兵に殺されるくらいなら、腹を痛めた我が子に殺されるたい。それは幸せな事です。お願いだから殺しておくれ。」

こんな状況では普通の理性など完全に崩壊しています。人間ではありません。目の前に手を合わせて微笑む母の心臓を撃ち抜きます。どっと血が溢れてきます。まだ生きています。父が頭を撃てという。頭に一発撃ちます。なきがらを抱きかかえてそのまま海へ放り投げました。振り返ると今母を殺したその場所で妹が座っているではないですか。

「お兄ちゃん。今度は私の番だね。」

この少年のその後60年間の想いはどんなものだったのでしょう。少年は78となり今テニアンの島に帰って来ました。母を殺したその場所で彼は嗚咽ながら叫びます。

「かあちゃーん。」

私達戦後の世代はとても幸せな時代を生きている事をもっと自覚しなければなりません。こうした悲しい時代に生きなければならなかった、全ての人々のたくさんの想いの上に生きている事を。だるい・ウザイ・かったるい…もはやそれすら幸せの証拠といってもいいのかもしれません。どんな人にもそれぞれに想いがあります。せめて生きているうちに想いをどんな小さな事でもいいから行動に現したいと思いました。

※)ドキュメンタリーの内容については私の記憶に基づいて記述しています。できるだけ忠実になるように努力しましたが、口語部分は私の印象に基づいての表現ですのでご理解ください。

2005年09月22日

たまには愛を考えたい-「おおきな木」

原書は1964年に、日本語版は1974年に初版が出されています。アメリカはもとよりフランスなど世界中でロングセラーを続けています。これは絵本です。しかし、こうした絵本の中には大人が読んでも十分に味わい深い感情を持って、自分の人生を振り返えらせてくれる物があります。

人は木に対して、ある種の母性愛を感じるところがあるように思います。
不思議なものです。この本の事は知らずに大学3年生の頃、おおきな木をモチーフにした小説(といっても人様にお見せできるようなシロモノではありませんが…しかも未完成)を書いた事があります。人は木に対して、ある種の母性愛を感じるところがあるように思います。

私が小学生くらいの頃はまだまだ身近にたくさんの森や川などがありました。毎日駆け回っていた思い出があります。今でもたまに緑地公園などに行くと、鮮明にあの頃がよみがえってきます。最近は特に木の温もりを感じられる無垢材を使ったリフォームが好まれる風潮があるのも、木にはどこかそんな人の心に通じる何かがあるように思います。

いつまでもおさなごを見守る『おおきな木』のように。
読み終わって、いえ、読んでいる間ずっと考えていた事があります。昔話です。
私に出逢う前の彼女は不倫をしていました。と言っても彼女はその事実を知らないでずっと付き合っていました。その最愛の人に妻子がいることが分かり別れました。彼女は自分の父親の浮気で家庭が混乱した時、何とかしたいと彼女なりに努力をしてきた経験を持っています。私と出逢い、そんな反動のせいか少し小走りで私との新たな歩みを進めた頃です。元の彼が奥さんと別れたと言う。そしてやり直したいと。彼女は今その彼と供に居ます。
全てをゆるし受け入れる母性愛は貴いものです。これは理解(理性)の問題ではありません。特に男性(少なくとも私)はこの事について、これまで似たような困惑を経験した記憶があるのではないでしょうか。人によっては上記の話を単なるエゴと言うのかもしれません。しかし、彼女と彼の2人の関係だけで考えた時、それはひとつの母性愛の形なのかと思っています。いつまでもおさなごを見守る『おおきな木』のように。幸せが個々だけのものだとするなら一生を掛けるおおきな価値を感じます。

「やさしさ」「思いやり」をどんな風に考えますか?
ところが、残念な事にこの世はたくさんの立場と関係が存在しています。それぞれに感情と利害が存在しています。幸せが自分を取り巻くたくさんの関係の中で形作られると考えるなら、もっと大きな母性愛の形があるように思います。全ての希望をかなえる努力はすべきだと思います。しかし、それでもなお現実には程度の差こそあれ、誰もが何かをするために何かを犠牲にしています。母性愛というと男性には分かりにくいので、あえて「思いやり」とか当コーナーのテーマである「やさしさ」という言葉に置き換えてみます。先の話を読んであなたは「やさしさ」「思いやり」をどんな風に考えますか?この本を読んでからは「やさしさ」「思いやり」についてどんな感想を持ちましたか?あなたの幸せとはなんでしょうか?忙しさにかまけて、棚上げしている大切なこと。それを考えさせてくれる本です。もし良かったらその考えを私に教えてください

2005年09月21日

何をなすべきか悩んでいる人へ-「死ぬまでにしたい10のこと」

2003年の同名の映画からインスパイアーされた本です。この本も、既に11版を重ねる静かな人気の本です。本の最後に「あなたの死ぬまでにしたい10のこと」が書けるようになっています。「あと2ヶ月の余命で何をするか?10個あげよ…。」その問いに10人の女性が答えていきます。
10人著者がいるとその中の一人くらいは
さて、この本。読んでいてちっとも面白くないんです。^_^; それを通り越してイライラしながら読んでいました。短編なんですけどあまり進みません。それは自分が男だからか?子供がいないからか?はたまた独身だからか?それとも著者達のような一家言ある方々の特殊性なのか…?でも、最後にありました!室井佑月さんの章。笑いました。ちょっと不謹慎に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、感情と言葉(文章)がすごく良くリンクできていて共感できました。そう。10人著者がいるとその中の一人くらいは共感を得て読める人がいるんです。逆に「何で、そうなるかなぁ」とも思える人もいます。でもそれでいいのだと、だから10人なのだと思います。

「人は誰でも死ぬ。」
私の場合は、こんなテーマだからこそ「笑ってしまえ!」と考えるのかな、と思います。書中で何人かの著者達も言っていますが「死ぬ事を考えるということは、生きる事を考えること」人生を重ねていく程、感じてくる真理だと思います。私が小学生から中学に上がる当時、思春期の頃には誰もが感じるであろう「生きる意味」は「なぜ、生まれてきたのか?」と言う生への単純な模索でした。おそらくその時代の心は希望と不安に満ち溢れていて夢と理想に彩られていたのですね。

いつしかその考えは「人は誰でも死ぬ。」というゆるぎない事実とその意味を見つめる事へ向かっていきました。今、夢と目標を持ってひたすらそこへ向かって走っていく事が出来るのも、こうした想いと行動の積み重ねだと思います。時々人から相談されます。一度は就職の面接に来た若者からその面談の最後に相談をされた事がありました…(おいおい。)「何がやりたいのか?何が向いているのか分かりません。」「たくさんあってどれをどうやって良いのか分かりません。」「私はどうしたら良いのでしょう?」あなたに分からないことがなぜ俺に分かるの?と思いつつも自分の経験と考えから何かを見つけてもらえればと話はしますけれど。

真っ直ぐにその思いをぶつけられるものを見つけられると楽しくなる
この本を読んでどこまで「死」や「生」を考えられるか分かりません。しょせんは想像の中です。しかし、思い込みであっても真っ直ぐにその思いをぶつけられるものを見つけられると楽しくなるのは確かだと思います。そうすると笑っちゃうんです。 。

自分が分からなくなった時に-「チーズはどこへ消えた」

この本は初版が2000年で、既に10数回以上の版を重ねるベストセラーになっています。ご存知の方も多いのではないでしょうか?私の会社では、誰であろうと入社して最初の仕事がこの本の感想文を提出することです。「来週までにこの感想文を提出してください。」「これは仕事ですが、その目的は“あなたを知ること”です。ですから素直に感じたままを書いてください。それがこれからのあなたの仕事をあなた自身がやりやすくする事になると思いますよ。良いか悪いかではなく、どのような考えかたや価値観を持っているのかをこの物語を題材に知りたいだけなのです。」「ある人はこれをコピーして家族全員で読み話し合ったそうですよ。あなたはどうしますか?」などと言われてこの本を渡されます。

感想文を題材にディスカッション

いやーホント、人それぞれですね。感想文は読んでいて飽きませんね。短くてあらすじばかりの感想文の場合は本人とディスカッションします。中には書くことが苦手の人もいますからね。その場合は、書いて表現することも重要なコミュニケーション能力である事を伝えます。このように今度は感想文を題材にディスカッションして互いの意思疎通を図ります。ひとつの案件に対する互いの価値観の認識・共有と協働化の提案。まさにこれはプロジェクトのシュミレーションなのです。この入社して初めてのミニプロジェクトの目的は「相互理解の促進」ですが、実はそのウラに「自分自身を知る」という重要なテーマがあります。

自分の働く業界と仕事についての状況を事前調査くらいすべきですね

会社の採用面接では驚かされる事が少なくありません。「えっ?日曜祝日お休みじゃないんですか?友達と遊べなくなるので辞めます。」本当の話です。日曜日は交代で休みにしていて、その旨は募集要項に記載されています。仮に記載されていないとしても、自分の働く業界と仕事についての状況を事前調査くらいすべきですね。世の中にはこうした「ちょっと気を使えばすむ事」や良識(道徳)を疑う事が目につきます。当然そんな大人は自分の子へ気遣いや道徳を伝える事などできるはずもありません。

名を残すは中の中、金を残すは下の下、人を残すは上の上

大人も子供も短絡的な犯罪、残忍な犯罪が増えています、もっと「家族の絆」をあらためて見直していきたいものです。そうしたひとつの方法として絵本くらい短く分かりやすく書かれている書籍などを用いた感想文ディスカッションは非常に優れていると思います。そこからはじめて段々中身の深いものに挑戦していき、ディスカッションを重ねていけばきっと大きな家族の財産となると思います。昔から「名を残すは中の中、金を残すは下の下、人を残すは上の上」と言うではありませんか。

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